大堀相馬焼は、福島県双葉郡浪江町一円で生産される焼物です。旧藩政時代には、相馬焼と呼んでいましたが、国の伝統的工芸品指定以後は産地名「大堀」の名を入れ、大堀相馬焼と呼んでおります。
元禄年間、半谷家に左馬という人が下僕として入居し、当主半谷休閑は左馬が製陶の知識をもっていたのを見込み、地元の未熟な土器製造の一大改良に乗り出しました。休閑は左馬と共に自宅に窯を築いて技術の開発に苦心を重ね、地元の森林に良質の陶土を見つけ、遂に陶器の製造に成功しました。
本格的な陶器の製造に成功した休閑は、藩主相馬利胤公より、藩内の特産品として製造するよう命ぜられ、技術者の養成と生産の向上に努力しました。休閑より直接伝習を受けた最初の陶工は7人で、これを7人衆と称しました。次に10人衆となり、15人衆28人衆となり、更に窯元は近隣8か村にまで及び、宝永年間には106戸を数えるまで発展しました。相馬藩では大堀に陶器役所を設け生産の保護養成に努めたので、その販路は北海道から関東一円へ伸び、更に遠く関西方面にまで及びました。
戊辰戦争の影響で大堀相馬焼の生産は停滞し、明治期に入ると廃藩置県により藩の援助がなくなったことに加え、交通網の発展に伴い他産地との競合も激化し、窯元も減少していきました。更に昭和時代の戦争により大打撃を受けましたが、戦後好条件にも恵まれ、立ち上がり、国内は勿論、輸出品として世界中に販路を拡大しました。
昭和53年に国の伝統的工芸品に指定を受け、平成22年1月には、大堀相馬焼が地域団体商標登録を取得し、伝統を守りながら皆に親しまれる製品づくりに努力しております。